30か月の間に、かつて素晴らしい成績を誇るも消滅したブランドが世界選手権の舞台で予想外の復帰を果たした。そこにはローラの目覚ましい物語がある。
サステナビリティが重要なフォーミュラEで復活したことは、ローラがクラシックレーシングカーの世界で最も人気のあるブランドであることを考えれば、ありそううもない話なのだ。
ローラは日本でもよく知られており、愛されている。1967年、古いローラのインディカーのシャシーを使い、ジョン・サーティースがホンダのF1初優勝を飾った。グループCの時代、1989年~1990年にローラは日産と提携した。
日本の最高峰のフォーミュラ·ニッポンでも、何度もシリーズチャンピオンを取り、21世紀初めまでワンメイクの供給するなど、素晴らしい歴史がある。星野一義、本山哲、アンドレ・ロッテラーなどのチャンピオンドライバーは、今日でもローラを称賛するだろう。
ローラの新しいオーナーのティル·ベヒトルスハイマー氏曰く、ここまでの道のりはあっという間だったという。
「どんな感じになるのか想像できなかった。正直に言うと」とベヒトルスハイマー氏はThe Raceに語る。
「人生における大きな判断の一つだという感覚あったが、どんな世界に入るのかはあまり分からず、とにかくやろうという感じだった」

「正直、プロジェクトが始まった時は、もっとゆっくり段階を踏んでレースに復帰していくのかと思っていた」
未公開株式やエネルギーや再生可能材料に専門するベヒトルスハイマー氏は、現実的な、頭が切れるビジネスマンだ。ローラの復帰初レースがFIA世界選手権の舞台になると思わなかったというのは、彼の本音だ。
「だが、本当に氷山の一角だと思う。それは非常に大きなリターンであり、そのほとんどは誰にも見えない表面下にあるが、それは私たちが作ったチームの規模と能力から始まると思う」
チームを作るためにベヒトルスハイマー氏はフォーミュラEの経験者とF1や他のカテゴリーで活躍したスタッフを雇い、賢い選択をした。その中に、元TAGとフェラーリのエレクトロニクスの先駆けであるディーター·グンダルがいる。
創立者のエリック・ブロードレイの時代にも、1990~2000年代のマーティン・ビレーンの時代にも、ローラの功績を尊敬するからこそ復帰に惹かれた人が多いのだ。
ベヒトルスハイマー氏は現実的であっても、ローラのブランドの歴史や価値観を完全に理解している。ローラ初の量産車Mk1を所有しており、ジョン・サーティースやフランク・ガードナーやジャッキー・スチュワートが乗ったT70も慕う。
「例えばわたしが”ティル·カーズ”を始めようとしたら、現在ローラで働いてる人は誰も興味はないだろうなと思う。だが、ローラの復帰における役割を果たすことのアピールは、ものすごく大きいと思う」